『サークル』
ジャファル・パナヒ監督  インタビュー

 師匠、キアロスタミの脚本による児童映画『白い風船』(95)で華々しいデビューを飾ったジャファル・パナヒ監督。シンプルなストーリーの中に子供の表情を生き生きと捉える手腕は、続く『鏡』(97)でさらに輝きを増し、イラン映画の王道を行く風格さえ備えはじめていた。だがそうしたイメージは新作『サークル』によって決定的に更新されるだろう。「子供たちの映画をつくりながらいつも思っていたのは、この子たちは大人たちの社会でいったいどんな希望を掴むだろうということでした。『サークル』は、人が社会で遭遇する困難についての映画です。すべての困難は円を成しています。属する社会の情勢や経済状態によって円の大きさに差はあっても、人は誰しもそうした円の中で生きているのではないでしょうか」。
 映画には、何らかの罪を犯したたくさんの女性たちが登場する。ユートピアでの結婚生活を夢見る18歳の少女。父親のいない子供をお腹に抱えて脱獄し、堕胎の途を求めて狂奔する女。女手ひとつでは育てきれない娘をついに捨てようとする母親。そしてすべてを知り尽くしたような娼婦。「何人もの女性たちが出てきますが、彼女たちは一人の女性だと言ってもいい。すべてが一人の人に起こり得ることであり、一生がおよそ半日に凝縮されているわけです。それぞれの人にキャメラの撮り方も合わせているんですよ。18歳の少女を撮るときはキャメラも手持ちで走り、彼女たちが歳を重ねるにつれてキャメラも動きを失ってゆく。最後のバスのシーンなどは完全に固定カメラです。照明も同じで、少女の上に降り注いでいた昼間の明るい光はだんだん暗くなり、やがて夜になる。最終的には光が完全に消え去り、ただ音だけが残ります」。
 それぞれのエピソードは解決されないまま、次の女性へと移ってゆく。そして女たちが一堂に会するラストシーン。懸命に生きようとしていた彼女たちが、結局は監獄に戻ってしまう絶望的なラストとも思えるが、キャメラは彼女たちにパンする前に、窓の外に降りしきる美しい雨をとらえて見せる。「イランは雨が少ないので、雨が降るということはとても喜ばしいことです。窓の外には恵みの雨が降り注ぎ、新しい命が生まれているのです。彼女たちは円から脱出しようとして、あるいは円の中で生きようと懸命に努力しています。最終的に行き着く地点がどこであろうと、その努力は美しいと私は思います」。
 ヴェネチア映画祭では金獅子賞を筆頭に6冠に輝き、『サークル』はすでにアフリカ、アジア、アメリカなど全世界30数ヶ国で上映されている。しかしいまだイラン本国での上映許可は下りていないという。「今回のような映画をつくるにはさまざまな問題に直面せざるを得ず、その結果、完成までに3年かかってしまいました。まず、企画を提出して撮影許可を求める段階から非常な反対にあい、一時はイラン国内での映画製作自体を禁じられるところまで行きました。イランの現在の政治情勢からすれば、女性の問題に触れることさえ許されないのです。撮影許可が下りるまで9ヶ月かかりましたが、それも完成後に入念なチェックを経て最終的な判断を下すという留保付きでした。イラン映画祭に間に合うように仕上げたのですが、結局映画祭での上映は許されず、ヴェネチア映画祭の方や市山さんなどたった7人の人にこっそり見せるのが精一杯でした。ヴェネチア映画祭のためにフィルムを国外に出すのもまた一苦労で、許可が下りたのはなんと映画祭の3日前でした」。
 そうした状況に、たとえば今回の東京での上映が何らかの力を持ち得るのだろうか。「国内のジャーナリズムでも、なぜ外国の映画祭でこれほど上映されているのに国内ではだめなのかという論調が盛り上がってきています。数日前には、反政府運動が盛んなテヘラン大学で当局に内緒で上映されたということです。状況は、少しずつですが変わってきています。イランでの上映を実現するまで、私にとってこの映画は終わらない。これからも闘いつづけます」。

常石史子(映画批評家/東京国立近代美術館フィルムセンター研究員)


監督プロフィール:1960年イラン・ミアネー生まれ。テヘランの映画テレビ大学で演出を 学ぶ。長編劇映画の前はテレビ用の短編・長編を数本つくり、アッバス・キアロスタミ監督の『オリーブの林をぬけて』で助監督をつとめる。『白い風船』(95)が世界 の国際映画祭で評判を呼び、第8回東京国際映画祭で「ヤングシネマ・東京ゴールド 賞」を受賞。他に『鏡』(97)。

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