『反則王』
キム・ジウン監督  インタビュー

 空前の新人監督ブームに沸く韓国映画界。キム・ジウンもその一翼の担い手として『クワイエット・ファミリー』でデビューし、同年の韓国映画興収ベストファイブに入る華々 しい成功を収めてみせた。そんな彼が2作目に選んだのは、昼間は上司にいじめられる哀れな銀行員、しかし夜はリングで“反則王”に変身するレスラーを描いた“プロレスもの アクション・コメディ”。これで今度は歴代興収ベストファイブに入るメガヒットを飛ばしてしまう。
 「でも自分にとっては成功の確信など持てない、手探りの冒険だったんです」と彼は言 う。「そもそも韓国映画にプロレスものなんてなかった。だからこれがどう受け止められ るのか、皆目見当がつかなかったのです。おまけにプロレス自体、いまでは人気も廃れ、 地方巡業で細々と生き延びている状況。60〜70年代のブームを知っている中年観客が 懐かしさで劇場に来てくれる可能性はあるにせよ、若者にはそっぽを向かれても当然の企 画でした」
 それでも彼がプロレスという題材を選んだのには、そこに自分がいま語りたいことがう まい具合に託せるという思いからだった。 「プロレスを見ていると、これこそ現代社会そのもの、その縮図じゃないかと思えたきた のです。僕には今日の人間たちが、こぞって自分ではない予め外で決められた何ものかに 操作されて動いているという感覚がある。そして現代社会は、そんな人間たちによって作 られたショーのように見えることがあるんです。そんな思いがこの題材の映画化を決断さ せました。主人公が昼間は平凡な銀行員なのも、そんな考えの反映です」
 その銀行員兼“反則王”を演じ、観客を爆笑の渦に巻き込んだのは、『クワイエット・ ファミリー』に続いてキム・ジウン映画への連投となるソン・ガンホ。まるで彼のために 作られたかのような大当たり役だ。 「正直言うと、シナリオを書いている時は、彼を再び起用するつもりではなかったんで す。だってソン・ガンホの“平凡な銀行員”姿なんて想像できませんでしたからね (笑)。 でも誰が主演すべきか特段のアイディアもないままシナリオを執筆している間に、なぜか 彼からしょっちゅう電話がかかってきた。単に『どうしてる?』とかいった用でね。書き 終えた時には、僕もなぜかすっかり彼が主役の気になっていました(笑)。彼には感謝し ています。できあがってみると、これは紛れもなく彼でないとできない映画だったことは 明白だからです」
 極端なアップとロングの映像の絶妙な組み合わせ、そして独特の間合いなど、すべて計 算され尽くしたコンテをもとに撮影されたかに見える『反則王』だが、実際のところ彼の 映画作りは、それとは正反対のやり方らしい。そしてその点でもソン・ガンホというキム ・ジウン映画のよき理解者との再合作は有効に作用した。
 「僕は絵コンテなど全く書きません。リハーサルもあまりやらないんです。役者たちが見 せてくれるその場の自然な呼吸、演技に全幅の信頼を置いて任せるのが、僕のやり方。だ から役者が僕の映画を深く理解してくれていることが前提になります。僕としては、シナ リオを渡して出演を引き受けてくれた時点で、すでにその役者は映画を100%理解してく れたものと解釈しています。現場でそれ以上指示することは何もありません。以前、大島 渚が『私が考えた台詞を役者が喋ってくれる。監督としてこれ以上何を望もうというの か』と言っていました。これを聞いたときは、これぞ僕の考えをぴったり代弁してくれた 言葉だと感動しましたね」。
 現代社会を何ものかに操作された人間によって演じられたショーだと見なすキム・ジウ ン。そんな彼にとって、自らの映画作りの現場だけは、そんなプロレス的社会から解放さ れたパラダイスなのかもしれない。

暉峻創三


監督プロフィール:1962年ソウルに生まれる。ソウル美術大学を卒業後、劇作家としてデビュー。その後、『クワイエット・ファミリー』(1997)で映画監督としてデビューした。この作品はポルトガルファンタスティック映画祭で受賞したほか、ベルリン国際映画祭、シッチェス映画祭、ブリュッセルファンタスティック映画祭などに招待された。

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